
当店でも取り扱いの商品が多い、マイルス・デイヴィス。
そんなマイルスの生誕100周年を記念して、この機会にマイルスを聞いてみよう…!と思い立った、
ジャズ初心者のBEATNIK GROOVEのスタッフが、そのサウンドを振り返っていこうと思います。
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音楽は、変わり続ける。
ジャズの歴史を語るとき、MILES DAVISの名前を避けて通ることはできないでしょう。
しかし、その人の名前が、時代やジャンルの垣根を越えて、多くの人に知られるようになる…ということは、単に、名盤を残したことだけではそうはならない。
ロック・ポップス界でのビートルズだって、初期のころのロックンロールだけをやって終わっていたら、きっとここまでの伝説的バンドにはなっていなかったはずです。
マイルスも然り…彼はいつも、「新しいこと」に挑み続けた人物でありました。
昨日まで自分が作っていた音楽を、
自分自身の手で壊し、また新しい音を作っていく。
同じ人物でありながら、
その音楽はまるで別人のように変化していく。
それでも、その変化のひとつひとつを辿っていくと、
そこには一本の線が見えてくる。
「もっと新しい音を」
それこそが、MILES DAVISという音楽家だったのかもしれない。
1950s
〜BEBOPからCOOL JAZZへ〜
音数を減らし、余白を音楽にする。
1950年代のマイルスを聴いてまず感じるのは、
「吹かないこと」さえも音楽になっていること。
1940年代のジャズは、bebop(ビバップ)が主流でした。ビバップは、とにかく速くテクニカルに…と、天才たちの腕の見せあいといった印象があります。コード進行のスピードもめまぐるしいです。絶対に目では追えないです。
若きマイルスも当時は当然、その熱狂の中にいたわけですが、50年代も半ばに差し掛かると、マイルスは、そのスピードに限界を感じます。
『クールの誕生(Birth of the Cool)』(1957年発売/1949〜50年録音)は、
ビバップのような高速で複雑な演奏とは違い、アンサンブルの響きや音の重なり、
メロディの美しさに重点を置いたサウンド。
何より、メロディの輪郭がきちんとしています。
フレーズの難解さ < メロディの美しさ
という印象を受けました。
こちらをアルバム名になぞらえて「COOL JAZZ」と呼ぶそうで、まさに、クールなジャズですね。
1950年代初頭、マイルスは、深刻な薬物中毒に苦しんでいましたが、実家の父のもとに身を寄せて、地獄の苦しみを味わいながらも、自力で薬物を断ち切ります。
そして、1954年、復活の『Walkin'』を録音。
ジャズ界では、すでにビバップの早いテンポやテクニックに固執する考えから、メロディやビートに焦点を置いた、「Hard Bop(ハードバップ)」に主流が移り変わりつつあるときに、マイルスも、自らの苦しみからの脱却を高らかに示すようなサウンドで復活します。
そのサウンドは、ブルースやゴスペルと交わりつつ、マイルス独自のトランペットは、理性のきいた、説得力のある音色に思えます。
そして1955年、John Coltrane、Red Garland、Paul Chambers、Philly Joe Jonesを迎えた最初のGreat Quintetが始動します。
ここからマイルスは、単なる一人のトランペッターではなく、「誰と演奏するか」まで含めて音楽を作るリーダーになっていく。
その音色ひとつとってもそうですけど、ひとつひとつ丁寧に、自分の音楽プロジェクトを積み上げていっている印象ですね。マイルス29歳のころです。
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1959
〜KIND OF BLUE〜
1959年。
マイルスは『Kind of Blue』を発表する。
ジャズの歴史を変えた一枚として知られるこのアルバムでは、複雑なコード進行に縛られるのではなく、モードを使ったより自由な即興が大きな特徴となりました。
メンバーは、Bill Evans、John Coltrane、Cannonball Adderley、Paul Chambers、Jimmy Cobb。
彼らもまた、後のジャズ史を作ることになるミュージシャンたち。
興味深いのは、ここでマイルスが「大きな音」で革命を起こしたわけではないこと。
むしろ逆です。
静けさ、余白、音と音の間。
その「間」を音楽にした。
メロディが、コード進行にどうしても引っ張られてしまう従来のスタイルではなく、コードの種類を極端に少なくし、コードからメロディを解放しました。
これは現在の音楽にも共通する部分ですね。
だから、『Kind of Blue』は半世紀以上経った今でも古く感じないのでしょうか。
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1960s
〜JAZZの成熟 Second Great Quintet〜
1960年代初頭のマイルスは、Wayne Shorter、Herbie Hancock、Ron Carter、Tony Williamsの5人によるSecond Great Quintetでのライブを重ねることで、曲そのものが生き物のように変化し、メンバー同士が互いの音を聴きながら進んでいく…このころ、数々の名演を残しました。
そして、この実験の先に待っていたのが――
1969年、Electric Miles
〜ELECTRIC MILESへ〜
世は、ロック・ファンクが全盛の時代。
そんな中で、マイルスは、自らも作り上げてきたジャズ界へ、殴り込んでいくようなサウンドを作り上げます。
いや、自分が築き上げてきたサウンドを、ここまでかというほどに壊していったという方が正しいでしょうか。
使う楽器は、アコースティックからエレクトリックへ。クインテットのメンバーも大きく変更。
Wayne Shorter、Chick Corea、Dave Holland、Jack DeJohnetteなど。
個人的には、エレクトリックピアノのチックコリアの存在感の大きさを感じます。
それまでのハービーハンコックのアコースティックピアノは美しい旋律を奏でていましたが、
チックコリアのプレイは、リズミカルでファンキーです。
マイルス自身もアンプを通したトランペットを導入したりしました。
どれだけの勇気なのか、天才ならではの自由さなのか…計り知れませんが、この大きな変化に驚きを隠せません。
69年の『In a Silent Way』、そして70年『Bitches Brew』へ。
『Bitches Brew』を聞いてみると、序盤からその不穏な響き。
混沌としたエネルギーの塊のような奇作です。
ここで面白いと感じるのは、ただ単に楽器を変え、ロック・ファンクへの接近を図るのではなく、
自らのものとして消化し、ロック・ファンクの、その音楽性までも飲み込んでしまいそうな音を作り出したという点です。
これはまさしく革命。
またこれ以降は、挑発的でド派手なファッションが彼のトレードマークとなりました。
ここから先のマイルスは、もう「ジャズ」という言葉だけでは説明できません。
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1970s
〜ジャンルの垣根を飛び越えて〜
『Bitches Brew』を境目にマイルスの音楽は、さらに激しく、さらに複雑になっていきました。
1971年『Live-Evil』こちらも奇作。もはやジャズ…実験音楽です。録音技術の進歩もあり、録音方法もこだわっているのでしょう。
コードからもビートからも解放された何か。音楽であり、音楽という垣根すらも超えてしまいそうな音です。
そして、この時期のライブを面白くしているのが、参加するミュージシャンたち。
Keith Jarrett
Gary Bartz
Michael Henderson
Al Foster
Don Alias
Jack DeJohnette
それぞれが異なるバックグラウンド・音楽性を持っています。マイルスは、そんな若い才能を集め、ステージ上でぶつけ合わせました。
そして、そのバンドからは後にジャズ/フュージョン界を代表するミュージシャンが数多く生まれていきました。
マイルスは、
自分がすべてを演奏する音楽家ではなく、「誰と演奏するか」で自分のプロジェクト/新しい音を作る音楽家だった。
といえるでしょう。
ずっと疑問だったのですが、ジャズというジャンルは、広義すぎないか…と思っていたのです。
だから「ジャズが好きです。」という人同士でも、もしかしたら全然違う趣味嗜好を持っているかもしれないのです。
マイルスは、きっと、ジャズを変えた…というよりも、ジャズというジャンルの許容範囲を、
とんでもなく広げてしまった人なんだと思います。
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1980s
〜5年の沈黙。そしてポップスへの接近〜
1975年、マイルスは音楽活動を休止。その後1981年、ステージへ復帰。
ここから再び、Marcus Miller、Mike Stern、John Scofield、Bill Evansなど、若いミュージシャンたちと新しい音楽を作っていきました。
1980年代のマイルスは、過去の名曲を再現するだけの「伝説」にはならなかった。
シンディ・ローパーやマイケル・ジャクソンをカバーし、シンセサイザーを多用したポップなサウンドを展開します。
往年のファンは「帝王が魂を売った」と大バッシングを浴びせますが、マイルスはニヤリと笑って言います。
音楽にジャンルなんて関係ない。あるのは良い音楽か、それ以外か、だと。
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遺作にして最先端
マイルスは91年にこの世を去るまで、その好奇心を失うことはありませんでした。
ニューヨークの若者たちの音楽に耳を傾け、聞こえてくるHIP-HOPの息吹に、その最先端のビートに自らのトランペットを響かせました。
リリースはマイルスの死後になる92年、『Doo-Bop』。これが彼の遺作となりました。
彼が求めたのは過去の栄光ではなく、変化し続ける時代と自らの変化だったのだと思います。
MILES DAVISというジャンル
マイルスはたまたま、生まれがジャズ畑だっただけ。本当にそれだけで。
あとは長いキャリアの中で、変化し続ける自らに抗わず、変化を恐れず、「MILES DAVIS」というジャンルを確立させた人なんだと思いました。
これはきっとほとんどの音楽が目指す到達点であり、それが彼を伝説と位置付けている所以であると思います。
当店には、マイルス・デイヴィスのレコードや、コレクターズアイテムが多数ございます。
マイルス・デイヴィス聴いてみたいけど、どれから聴いたらいいの?という人の助けになればと思います。
わたしは今回、このコラムを書くにあたって、ほぼ初めて聴く状態でしたが、
マイルスの音楽はアイデアにあふれていて、とても面白いと感じました。
現代に生きるわたしたちが聞いたら、またどこか、彼の音楽を新しいところへ運んでいけるかもしれません。
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